「アーチャー! 任せた!」
その声に応えることに、もはや躊躇いはなかった。
「いいだろう、放て!」
本来前戦で戦うのはサーヴァントの役目なのだろう。しかし生前の記録からか、此度の霊基が弓兵ともなれば、後方からの援護が主となる。とはいえマスターである鄭成功は生身の人間で、敵は人非ざる魔物や怪異ばかり。いくら頑丈で戦闘に長けているとはいっても油断などできるはずもない。それでも信頼はある。彼ならば、我が力を預けることができる。そして今日もうんざりするほどの怪異を片付けた後。
「今日はやたら小物が多かったな。消耗しているだろうし疾く屋敷へ戻り休息を……マスター?」
「え、ああ、そうだな」
「待て。明儼」
苦い表情と、合わない視線と、不自然な歩き方。これはまた、どうしたものか。人間と同じ心臓を持っていたならば、どくんとひどく疼いていただろう。
「……足か」
「やはり隠し通せないか。すまない、少し捻ったらしい。いやしかし大したことはない。だから気に——って、おい! アーチャー⁉︎」
何故もっと早く気付けなかったのか。戦闘に心が昂ぶり、少しでも目を離してしまったせいだろうか。とりあえず疾く戻らねば。ゆっくり歩いている暇はない。何か言いかけていた鄭を肩に担いで、一気に飛び上がった。
「落ちたくなかったら暴れてくれるなよ」
「目立つだろう!」
「無論、目立たないように走るとも」
「待て待てそういう問題じゃない! 俺のことならほんとうに」
「もう何も言うな。黙っていろ」
思わず強くなってしまった語尾に驚いたのは周瑜自身だけではなかったらしい。それ以来鄭は何も言わなかった。焦燥感が胸を焼く。今自分がどのような顔をしているかなど、気にする余裕はなかった。
だから屋敷に戻り、真っ先に玉蓮のもとへ向かえば、周瑜の顔を認めた彼女がさあっと顔色を変えた。そしてようやく地へと降ろされた彼を見て慌てて駆け寄る。
「しょ、将軍⁉︎ どうされたのですか?」
「少し足を捻っただけだ。悪いが手当を頼めるか?」
「私がついていながら、済まない」
「……アーチャー」
「では、こちらへ」
「私はここで待っている。終わったら呼んでくれ」
何か言いたげにこちらを振り向いた我が主にあえてなにも声をかけなかったのは、少し頭を冷やす必要があると分かっていたからだ。
日も落ち始めていたおかげで、吹き抜ける風が冷たい。壁に寄りかかり、目を閉じて日中の戦闘を振り返る。いくら悔いたところで過ぎ去った時間は戻すことができないのは分かっている。それでも何度でも考えてしまうのだ。ああすればよかったのではないか、こうすることができたはずだ、そうやって、何度も、何度も。
「アーチャー、此処にいたか」
「……マスター」
「はは、おまえのほうが大怪我を負ったような顔をしているぞ」
足首に巻かれた布が目に入り、咄嗟に視線を逸らした。
「おまえの考えは分かる。しかしおまえも、俺が云いたいことくらい分かるだろ?」
「謝るな、と。私の責任ではない、と」
「ああ。それに俺も無茶をした自覚はあるしな!」
「……全く、おまえというやつは」
きっと本当に大したことはなかったのだろう。自分の体なのだ、鄭自身が誰よりも分かっているはずだ。
「マスターも私も、無傷で勝ち抜ける戦いではないということは分かっているんだ。おまえが大人しくただ守られていてくれるような男ではないこともな」
「そりゃあ俺が自分で掴み取らんと意味がないからな」
「はは、だろうな。……故に私はおまえの勝利のために、使えるものは全て使ってみせる。それがマスターであってもだ」
「それでいい」
そうは言っても、彼を失っては意味がないのだ。マスター在ってのサーヴァントだからという単純な由では既になくなっている。我が願いは、この男あってこそなのだから。
「少しは落ち着いたか」
「……む、おまえにはそう見えていたか」
「玉蓮も心配していたぞ。目の前に怪我した俺がいるというのに、だ」
やれやれと呆れたように笑われては面映いというか、ばつが悪いというか。何とも言えない気持ちで目を逸らせば、そっと肩に鄭の手が置かれる。
「これくらい、すぐに治るさ。俺を見くびらないでくれ」
「ふ、……それもそうだな」
それが気遣いでも強がりでもないことは、目を見ればすぐに分かる。それでもどうしても気に掛けてしまうのは、人の命の儚さ脆さを知ってしまっているからなのかもしれない。
